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<title>KOBE千話一夜物語　～人と街の尊敬を込めて～</title>
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<language>ja</language>
<pubDate>Fri, 01 Jun 2007 11:19:25 +0900</pubDate>
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<title>KOBE千話一夜物語 終了のごあいさつ</title>
<description>　2007年（平成19年）6月からこの物語を始めました。　正直に言ってブログの意味さへよく知らなかったのですが、気がつけば２年と半年あまり、まあよくネタが持ったものだと思います。　最初に閉店間近だ！Hurry upと言っていたＢＡＲ「ＣＵＢＥ」は店を閉めましたが、また新しいお店の企画もあったりして、２年足らずの間ですが、街も人も「生きている」という実感がします。　神戸の色々な人たちから聞いたエピソードを、現在のお店の紹介などに絡めて今の神戸と共に記録してみようという、ささやかな取り組みでした。このブログのお陰で自分なりに整理ができ、シーンを与えていただいたKO-COのスタッフの方々に本当に感謝いたします。　また、一回でも読んでいただきました方々にもこの場をお借りしてお礼申し上げます。　この物語はいったん終了とさせていただきます。　ありがとうございました。</description>
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<pubDate>Thu, 07 Jan 2010 12:33:20 +0900</pubDate>

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<title>三宮～北野界隈編：路地に潜むロジックとマジック -その7-</title>
<description>写真：[左]北野天満神社から続く石畳／[右]道標　　「北野天満神社の階段下から東に、作家陳舜臣先生が好んだおしゃれな石畳がオランダ坂へと続いています。オランダ坂を登ると「うろこの家」があります。」写真：[左]石畳が続く／[右]オランダ坂上り口オランダ坂の上り口を東へ進むと「サッスーン邸」があり、ここを左折して少し登ったところに「イタリア館（プラトン装飾美術館）」があります。「ここは元々外国人用の高級借家でした。現在は個人の方の所有で、メイドさんの部屋に住んで、本宅を開放されています。高価な西洋アンティークが部屋中に置いてあります。喫茶もできますし、予約すれば豪華な部屋で食事をすることもできますよ。」写真：サッスーン邸の緑の塀　写真：イタリア館（プラトン装飾美術館）の外観と館内イタリア館から来た道を引き返すと、不動明王が祀ってある辻に出ます。「ここは三本松広場と呼ばれていますが、昔はここに三本松があって、大阪の方から来た旅人の目印で峠にある小さな丘でした。今では松は根っこしか残っていません。南側に回ると岩に刻まれた不動明王が見られます。この不動明王は素人の人が3年ほどかかって彫ったものですが、非常によく出来ています。この不動さんから南に下る坂道が不動坂です。」写真：不動坂写真：霊石生不動明王わたしたちは不動尊から山麓線を西へ、北野坂に向かいました。写真：[左]ベンの家（BEN’S HOUSE） ／[右]フランス館「道の南側にあるベンの家（ＢＥＮ‘Ｓ　ＨＯＵＳＥ）はイギリスの貿易商の邸宅で、ハンティングが趣味だったようで館内には動物の剥製がたくさん飾ってあります。その右隣の仏蘭西館はもとは居留地にあった外国人用のアパートです。その隣のイングリッシュハウスはイギリス人のお医者さんの家でした。閉館後はイングリッシュスタイルのパブになりますよ。　道の北側ですが、ドイツの商人が終戦直後まで住んでいた建物で、戦後はアメリカ領事館官舎として使用され、現在は永田萌の作品を展示している北野美術館や旧パナマ領事館があります。旧パナマ領事館は中南米のミニチュアの船が展示されています。執務室は当時のままで、玄関入り口にはネプチューン（海神）像が1対置いてあり、この頭をなでると幸せになると言われています。」写真：イングリッシュハウス山麓線から北野坂へ。写真：[左]リンズギャラリー／[右]スターバックス写真：[左]おしゃれなカフェ／[右]ウォールアベニュー　三宮から北野へと続くこの坂道沿いにはジャズのライブハウスがたくさんあることから通称ジャズストリートとも言われることがあります。日本のジャズ発祥の地神戸を代表するジャズイベント「神戸ジャズストリート」のオープニングパレードも北野坂で行われます。　北野坂の両側にはおしゃれなお店が並んでいます。　「異人館「北野物語館」には最近「スターバックス」が入りました。北野坂にはリンズ・ギャラリー（北野町2丁目）、ウォールアベニュー（山本通1丁目）などの建築家安藤忠雄設計のビルがあります。ハンター坂にも安藤忠雄さんの設計されたものが結構ありますよ。さらに坂を下って中山手通1丁目の通称ゾウビルあたりにはマリナーズのイチロー選手が日本に帰ってくるとよく行くレストランなどもあります。」写真：[左]インドクラブ／[右]ジャズライブハウス「ソネ」写真：[左]通称「ゾウビル」／[右]北野坂　さらに北野坂を下り、そしてこの日の出発点「凸凹広場」に戻ってきました。　約3時間に及ぶ三宮～北野探索は無事終了しました。　森山さんお疲れ様でした。ありがとうございました。◆ＮＰＯ法人ＫＯＢＥ観光ガイドボランティア（三宮、北野、旧居留地エリア）　　※阪神・淡路大震災の傷跡を回る「震災学習支援ガイド」も行っています。　ＴＥＬ／ＦＡＸ：078-251-8530　http://www.city.kobe.jp/cityoffice/17/010/guide/</description>
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<pubDate>Wed, 16 Dec 2009 14:35:18 +0900</pubDate>

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<title>三宮～北野界隈編：路地に潜むロジックとマジック -その6-</title>
<description>写真：[左]北野観光案内所／[右]風見鶏の館北野広場は北野観光の中心的な場所で、即興で文章を書いてくれる路上詩人や風景画家たちが北野の風景になっています。通称ジャズストリートと言われる北野坂の終点にふさわしく、ジャズメンたちの彫刻が設置されています。サックス片手にベンチに腰を下ろして、隣に座ってくれる人を待っている黒川晃彦作の「プリーズ・リクエスト」は、誰かが隣に座ってリクエストしてくれることで完成する彫刻作品で、通称ジャズおじさんとして親しまれ、観光客が思い思いに写真を撮っています。　北野広場に面して建っているのが有名な異人館「風見鶏の館（重要文化財）」で、ドイツ人の貿易商トーマスさんの邸宅でした。「雄鶏は警戒心が強いことからドイツ人は魔よけとして雄鶏を家によく使うようですよ」と森山さん。写真：北野天満神社から見る風見鶏の館　私達は観光ガイドボランティアさんの拠点である北野観光案内所（北野コアハウス）で少し休憩しました。一服しながら森山さんに伺ってみました。「観光ガイドボランティアをされるようになって感じるものってなんですか？」「神戸に住んで50年近くになります。もともと田舎の出身なので農村の風景も好きですが、今ではやはり神戸に住むのがいいですね。働いていた頃、大阪の友人に「神戸っていいね」と言われても、忙しかったこともあってその意味を実感しなかった。しかし今こうして縁あってボランティアをやって、自分で歩いてみると、「えっ」と思う発見が足元にいっぱいあります。　　ガイドで東遊園地にいったときのことですが、洋服発祥の地のモニュメント（環境造形Ｑ制作の日本近代洋服発祥の地記念彫刻）を偶然見つけました。実は昔、洋服屋をやっていた頃にモニュメント設置の話があったことを、昔の多忙だった時代とともに懐かしく思い出しました。色々な発見に出合うことはまさに目からうろこが落ちる思いです。人生に寄り道、回り道はとても大切なことで、仲間や地域の人たち、神戸を訪れてくれる人たちと話すこと、出会いを大切に思うこと、そして喜びや楽しさを共有することはガイド冥利につきると思います。人と話すというガイドの仕事が私に社会との新しい接点を開いてくれたのです。ガイドのために研修を受けると、もっと知りたい、もっと知って多くの人に喜んでもらいたいという思いが出てきました。そして人との様々なつながりができました。街を歩きながら、ここは勝海舟が歩いた道・・・その道を今こうして自分も歩いているんだなあと思うと、イメージがイメージを呼んで夢が膨らんでいきます。こんなことを思いながら歩き続けているうちに神戸が前よりもずっと好きになりました。」写真：スーツの型紙をモチーフにした「日本近代洋服発祥の地記念彫刻」（東遊園地）「観光で神戸に来る人たちに何かアドバイスありますか」　「神戸ってやはり坂の街なんです。坂道を登ってはじめて気がつくようですが、ハイヒールなどは体への負担が大きいですよ」「トイレは観光案内所の地下にあります。1億円のトイレと言われるくらいに立派なトイレです。車椅子なども使用可能ですが、急な坂道の途中に入口がありますので、注意してください。」写真：[左]観光案内所内風景（左から佐竹さんと森山さん）／[右]観光トイレ（女性用）　北野観光案内所のすぐ山側にあるのが、北野天満神社。「平清盛が鬼門鎮護のために建立した神社で、おみくじが変わっています。「水掛け、願掛け、かない鯉」がいて、引いたおみくじを水につけて占います。60段の階段をのぼると目の前の風見鶏の館が見事ですし、見晴らしが良くて神戸港の眺望いいですよ。この神社の玉垣には外国人の名前も多く見られます。やはり北野は外国人が多かったからですね」写真：[左・右]北野天満神社鳥居と60段の急な階段（気をつけて登りましょう）写真：かない鯉（「三宮～北野界隈編：路地に潜むロジックとマジック -その7-」　へつづく）    </description>
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<pubDate>Wed, 16 Dec 2009 13:41:22 +0900</pubDate>

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<title>三宮～北野界隈編：路地に潜むロジックとマジック -その5-</title>
<description>　すぐそこにハンター坂が見えていましたが、路地を求めて左に曲がると、庄屋をされていたという旧家の建物がありました。焼き板の塀が途中でレンガ造りになっていて和洋折衷の造りです。コの字に進みまた路地を折り返すと、先ほどの旧家の建物の後ろに出ました。この細い三叉路はグリーンと白を配色された壁と石垣がうまく調和していました。写真：［右］旧家の板塀／［左］続く路地写真：［右］路地からみえる西洋風建築／［左］淨福寺を示す石柱この路地を登るとすぐ山麓線に出ました。道の向こうに淨福寺を示す石柱がたっています。広くなった坂道を少し登ると左手に龍が身をくねらせる彫り物が目印になる淨土宗淨福寺があります。坂はすぐに突き当たりになりますが、突き当りの左にハンター坂の名称のもとになったハンター邸の門扉跡があります。左手奥には家の中から楠の大木がそびえている家がありました。写真：［右］淨福寺／［左］旧ハンター邸門扉跡写真：［右］楠が突き出た家／［左］ふくろうも見守る北野交番　私達は路地を引き返し、再び山麓線に出て左折。　すぐ見えてきたのが丸いアーチ状の屋根が特徴的な北野交番です。「交番内西側にはステンドグラスがあって、中に入って見せてもらえますよ。また交番の屋根には石造りのふくろうさんが置いてあって、夜も見張っているんですよ」　山麓線を少し歩くと日本では珍しいジャイナ教の寺院が見えてきました。「ジャイナ教は不殺生を教義とするインドの宗教で、昆虫といえども生き物を殺せないので農業やインド料理などの職業に就かず、貿易商、宝石商の人が多いようです。信者たちは入り口で靴を脱ぎ、地下で沐浴して身を清めてから、2階で礼拝します。この寺院に使われている大理石はインドから取り寄せた本格的なものです。」その日は寺院の入り口に靴が2足脱いでありました。写真：［右］ジャイナ教寺院／［左］ジャイナ教寺院の東を左折写真：［右］テディベアミュージアム／［左］居留地から移設された門柱　ジャイナ教寺院の前を東へ、一つ目の辻を左折して坂道を登ると、日本で最初にできたテディベアミュージアム（ユダヤ系アメリカ人が住んでいた邸宅で、入り口ドア付近に「メズーザー」という魔よけがついています）、そのすぐ上隣りに重要文化財「萌黄の館」があります。これはアメリカ総領事のハンター・シャープ氏の自宅だったものですが、その後元神戸電鉄社長小林氏の所有になり、もえぎ色をしていることから「萌黄の館」と呼ばれています。神戸市に残っている異人館のなかでも秀逸なもので、外観のデザインが大変きめ細かく整っています。萌黄の館を右折すると北野町広場に出ました。広場の手前にはレンガ造りの門柱がありますが、これはもともと居留地83番（神戸市立博物館の向かい側）にあった英国商館（ジャーデン・マセソン商会）にあったものが、こちらに移設されています。（この門柱を通って階段を下りると、異人館「もえぎの館」の入り口があります）写真：萌黄の館写真：北野町広場北野広場は北野観光の中心的な場所で、即興で文章を書いてくれる・・・（「三宮～北野界隈編：路地に潜むロジックとマジック -その6-」　へつづく）    </description>
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<pubDate>Fri, 09 Oct 2009 12:32:59 +0900</pubDate>

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<title>三宮～北野界隈編：路地に潜むロジックとマジック -その4-</title>
<description>　さてその路地を進み一つ目のＴ字路角。「ここが日本をこよなく愛したスウェーデン人のキャサリンさんの邸宅で、まっすぐいくとおしゃれな玄関を見ることができます。神戸女子大の寮として使われていたこともあります。所有者は変わりましたが、今も建築当時の美しい建ち姿は印象的です。私達はこの角を左折して異人館通に向かいました。「キャサリン邸の庭にはどんぐりの木がいっぱいあって、秋になると路地に可愛いどんぐりがたくさん落ちてきますよ」写真：［右］北野ホテル近くの路地入り口／［左］路地へ写真：［右］路地へ／［左］路地は続く写真：［右］・［左］キャサリン邸沿いの路地写真：シュウエケ邸路地から異人館通にでるとそこには「シュウエケ邸」がありました。　「グリーンと白で構成された三角屋根の西洋風の建物ですが、屋根の先端にはシャチホコが乗っており、所々に菊の文様が配置されるなど和風の意匠を随所に取り入れてあります。浮世絵などのコレクションが有名です。シュウエケ邸の東側も異人館ですが、現在は中国の方が住まれています。」　シュウエケ邸からすぐ山側に急な坂道の路地が続いています。こちらも関西ユダヤ教会などを見ながら北野に向かっていけますので魅力的でしたが、この日はシュウエケ邸の少し東から北東に入って行く路地を選びました。おそらく観光化される前の北野界隈はこのような風情だったのではないだろうかと想像してしまうような、日常にある非日常的な路地でした。写真：［右］再び路地へ／［左］元ボリビア領事館写真：［右］昔は竹垣だった塀がある路地／［左］玄関は一段高いところに写真：路地は続く写真：［右］・［左］神戸華僑総会のレンガ塀写真：そして路地は続く路地に入ってすぐ目に入るのが元ボリビア領事館だった建物で、現在では個人の方の住宅になっています。少し進むと小さな四つ辻がありますが、その角にあるのがＪＲ西日本のゲストハウスです。「このあたりの家は屋内に日光を十分に取り込むために路地から一段高い所に玄関を作り、玄関までのアプローチは階段を使うような作りが多いです。戦前などではこの細い路地で日本人と外国人が井戸端会議ならぬ路地端会議をしている光景がよくみられたようですよ。外国人の家の玄関先には、毎朝大きなビンに入った牛乳と長いパンが立てかけてあるといった光景がよく見られ、その路地を豆腐屋や魚売りなどの物売りの声が響いていたみたいです。『手手(てて)噛む魚(とと)』・・・手を噛むくらいに新鮮な魚・・・というかけ声を発して魚を売りに来ていたとも聞きましたよ」と森山さん。　さらに進むと右手の塀がレンガ造りになりました。「ここはもともとドイツ人の方の邸宅で、南側にベランダや出窓を設けるコロニアルスタイルの建物で、現在では神戸華僑総会の所有になっています。使われているレンガは古いもので、震災で一部が壊れたときは元フロインドリーブの暖炉のレンガを補修に使ったようです。この辺りには異人館の画家と呼ばれた故小松益喜画伯がよく描かれていた場所がありますよ。」　すぐそこにハンター坂が見えていましたが・・・（「三宮～北野界隈編：路地に潜むロジックとマジック -その5-」　へつづく） </description>
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<pubDate>Wed, 30 Sep 2009 10:56:26 +0900</pubDate>

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<title>三宮～北野界隈編：路地に潜むロジックとマジック -その3-</title>
<description>　ムスリムモスクを通り過ぎると、トアロード（山本通3丁目角）に出ます。交差点のすぐ海側(南西)に北野工房があります。これは北野小学校校舎を有効利用したもので、レトロな空間に卒業生たちの思い出の場所を保存しながら、職人たちが技術を見せ、体験でき、作品（商品）を買うことができる工房になっています。観光バスの駐車場もあり、北野観光の中継地点になっています。　トアロードは明治の開港以来、北野に住んだ外国人が仕事場である居留地に通った通勤路であり、その家族達の生活路でもありました。このおしゃれな名前の坂道は、西洋文化が生活の場に最初に根付いていった場所であり、ベーカリー、クリーニング屋、仕立て屋などのお店が軒を連ねる、日本の最先端な場所のひとつでした。トアロードの名前の由来は「鳥居があったことから、トリイロードが訛ってトアロードになった」など諸説あるようですが、明治から戦後すぐまでトアロードの突き当たりにあったトアホテルに由来するというのが一般のようです。　このトアロードを少し昇ると朝食が有名な神戸北野ホテルがあります。北野ホテルの向かい側に異人館の建物が見えます。「もとはイギリス人のビショップさんという方の邸宅でしたが、現在では東天閣という北京料理のお店になっています。」写真：北野工房写真：異人館を生かした北京料理店写真：神戸北野ホテル　北野ホテルから少し坂を登ると古いレンガ塀に囲まれたマンションがあります。この手前を右に曲がると風の回廊のような路地が延びています。近所の方は「この路地はとても気に入っています」と言っておられました。カップルでゆっくり歩くには最高だと思います。ココから北野まで、路地ルートです。　日常生活のなかで使われてきた身近な生活路である路地は路地につながり、思いもよらない場所に連れて行ってくれます。そこには生活者である住民だけが知っているロジックとマジックがあるように思います。　さてその路地を進み一つ目のＴ字路角・・・（「三宮～北野界隈編：路地に潜むロジックとマジック -その4-」　へつづく）    </description>
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<pubDate>Mon, 31 Aug 2009 13:12:40 +0900</pubDate>

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<title>三宮～北野界隈編：路地に潜むロジックとマジック -その2-</title>
<description>北向地蔵尊から飲食店の並ぶ路地を西へ、神戸で最大の歓楽街東門筋に突き当たり、そして生田神社へ。「東門筋は生田神社の東にある南北の筋で神社の東門に面していることからこう呼ばれています。」　「生田神社は2001年に鎮座1800年を迎えた神社です。もともとは布引の砂子山(いさごやま)にあったのですが、洪水で松林ごと流されそうになったことから、ご神体をこの地に移したということです。松林が洪水に役に立たなかったことから、境内には松が一本もありません。正月の飾りも松ではなく杉を盛るようです。　生田の森は源平の合戦場のひとつです。箙に梅を挿して武運を祈った梶原景季（かげすえ）親子の逸話や、大鳥居のすぐ右にある梶原井（梶原の景季が井戸を覗き込み、自らの姿を映したことから別名「かがみの井」とも呼ばれる）などが伝承されています。昔は生田神社の森にはふくろうが多く住んでいたようですよ。森を再生し、平成13年からは平安の雅を再現した歌詠みの宴「曲水の宴」が毎年春に行われています。」写真：生田神社鳥居写真：箙と梶原景季の説明写真：生田の森　生田神社の境内を抜け、ハンター坂の入り口へ。　交差点からすぐ東ににしむら珈琲店があります。神戸でよく知られたお店で、1年間熟成させたコーヒー豆は香りがよく、灘の酒造りに欠かせない宮水が使われています。写真：にしむら珈琲店写真：ハンター坂の輸入雑貨の店　多文化共生の街・神戸を象徴する外国人向けの雑貨屋さんが目を引くハンター坂に入って、一つ目の信号を左に曲がると見えてくるのが、現存するものでは日本最古になるムスリムモスク。実際に建物の前に立つと存在感が際立っており、ここは日本なのか？という感覚になります。「昭和10年の建築で、戦災でも阪神淡路大震災でも倒壊することはありませんでした。使われているガラスなども耐熱性が高いものが使われているようですよ。1階は男性、2階は女性が礼拝する場所になっています。運よく玄関があいているときなどは建物の内部を見せてもらえるときがありますよ」モスクの向かい側にはイスラム圏の食材を扱っているお店があります。写真：ムスリムモスク写真：モスク前の雑貨店ムスリムモスクを通り過ぎると、トアロード（山本通3丁目角）に・・・（「三宮～北野界隈編：路地に潜むロジックとマジック -その3-」　へつづく）  </description>
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<pubDate>Tue, 11 Aug 2009 17:34:17 +0900</pubDate>

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<title>三宮～北野界隈編：路地に潜むロジックとマジック -その1-</title>
<description>　神戸の街を歩いた小さな旅を何回かに分けてレポートします。　街の個性は風土と文化の織り成すその街だけの文様です。神戸らしさは港、街、山とそれらを結ぶ坂道、西国街道などの東西の交通路、そして人と人が出合うなかから創られてきました。神戸の街を愛する観光ガイドさんと一緒に歩き、日常の風景のなかの新しい発見という視点で街をゆっくりと眺めてみました。今回のガイドをしていただいたのは、観光ガイドボランティアの森山さん。6月27日午前10時、約束したＪＲ三宮駅中央出口山側へ。ブルーのポロシャツに黄色い帽子が目印と伺っていましたので、すぐにわかりました。「おはようございます。今日はお世話になります。よろしくお願いします」「はい。こちらこそよろしくお願いします。」早速、どのようなコースを通るのかを話し合い、ホームページなどのお勧め定番コースではなく「路地を探検」しようということになりました。大まかなコースを決めて「さあ出発」。　ＪＲの高架下に沿って横断歩道を渡ると、阪急三宮駅の入っている交通センタービル。そこを山側（神戸では北側に六甲山があり、南側に神戸港があるので、北を「山側」、南を「海側」と表現することがよくあります）に曲がるとすぐ凸凹の広場があります。「ここは凸凹広場と言われていますが、神戸の彫刻家新谷琇紀さんの彫刻『アモーレ』が設置されてからは『サン北アモーレ広場』と命名されたようです。若い子たちが集まる場所で休みの日にはロックバンドなどがよく演奏しています。若い子達は見た目そのままの『凸凹広場』と呼んでいるようですよ」　凸凹広場を横切ると通りの向かいにベネトンのビルがあり、ここからが「北野坂」の入り口です。写真：凸凹広場の向こうにベネトンビル写真：北野坂入り口写真：北野坂北野坂を上り始めるとすぐ坂の左側歩道に石柱があります。兔原(うはら)・八部(やたべ)両郡界の碑です。「もともとはすぐ東を流れていた生田川の堤防にあったもので、いつの頃からかここに移設されたようです」　石碑のすぐ角に「北向地蔵尊」があります。「文字通り北向きに設置されているもので、氾濫しそうになった生田川の堤防が決壊寸前のところで、大きな石が塞いで助かったことがあり、その石の流れ着いた前にあったお地蔵さんです。そのときと同じように北向きに安置されています。」写真：郡界の碑写真：北向地蔵写真：東門筋北向地蔵尊から飲食店の並ぶ路地を西へ、神戸で最大の歓楽街東門筋に突き当たり、そして・・・（「三宮～北野界隈編：路地に潜むロジックとマジック -その2-」　へつづく）</description>
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<pubDate>Mon, 27 Jul 2009 15:59:57 +0900</pubDate>

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<title>第六十一夜　　穴門商店街探検</title>
<description>写真：喫茶「ＥＶＩＡＮ」元町穴門商店街の真ん中程に小さな交差点があり、その南東角が昭和27年（1952年）にオープンした老舗喫茶店「エビアン」さんで、自家焙煎の味が守り続けられています。ある人曰く「エビアンは味が変わらないからいい」コーヒーの味はよく分かりませんが、いくぶんすっぱい感じがしたのを覚えています。神戸の人は「コーヒー」ではなく「コーヒ」と発音する年配の人が多いように感じますが、気のせいでしょうか？「屋」をつけるからなのか、聞こえ方として「コーヒー屋行こう」ではなく「コーヒ屋行こう」と言っている人が多いように思います。写真：ジャズ喫茶「Jam Jam」この喫茶エビアンの東側ビル地下にジャズ喫茶「ＪＡＭ ＪＡＭ」があります。　喫茶店はテーブルに向かい合わせに座ってお茶を飲むのが普通ですが、ここでは映画館のように音が出てくる方に向かって座り、音楽を聴くというスタイルです。部屋の奥には大きなスピーカーが鎮座していて、暗がりからはパチパチというレコード独特の音とともに分厚い音が響いています。　地下ガレージのような空間に、夏ならひんやりと冷房が、冬ならほんのりと暖房が効いていて、休みの日の午後にうたた寝しながら音楽を聴くのに丁度いい具合です。薄暗い洞窟でジャズを聴くという雰囲気です。</description>
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<pubDate>Wed, 24 Jun 2009 15:27:08 +0900</pubDate>

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<title>第六十夜　穴門商店街を歩く・・・立喰本舗</title>
<description>　ＪＲ元町駅東口を海側に出て、ブラジル風交番を左に見ながら横断歩道を渡り、南に向かってＶ字に分かれる道の左を選べば鯉川筋で大丸神戸店につながり、右側の路地は細々と元町商店街の一番街に突き当たります。この細い路地が穴門商店街で、数十メートルほどですがなかなか面白いお店があり、僕は気に入っています。　ずいぶんと昔、ＪＲ三ノ宮駅が三宮神社付近にあったときは、ここはＪＲの高架があり、それを潜り抜けて港の方に続く道だったようで、穴のように見えたことから穴門といわれたのではないか、と聞いたことがありますが本当でしょうか？写真：穴門商店街　穴門商店街にはなぜか中古ＣＤ屋さんがたくさんあります。僕が知っているだけでも4軒あり、ランダムにＬＰレコードを捜しにいくことは休みの日の日課になっています。　穴門商店街真ん中の小さな交差点北西角付近に「立喰本舗」さんがあります。立ち飲みもできますが、2階では座って飲むこともできます。ここにはなんと「磯自慢」という静岡のお酒（純米酒）や福井の黒龍というお酒が置いてあります。日本酒党の方ならわかるでしょうが、これらのお酒はなかなかの銘酒で、立ち飲み屋さんに普通は置いていないようなお酒です。　働き始めた頃、面倒見のよい先輩に連れて行ってもらった「苫屋近安（記憶ではトマヤキンヤスと読むのだったと思います）」という本格的な日本酒の居酒屋があって、「マスターのお勧めをください」と言って出てきたのが「磯自慢」の大吟醸でした。とにかく本当においしいと思ったお酒で、記憶の中でもまったく風化していません（近安さんは今はもう営業されていないようです）。　小鉢にグラスを置き、一升瓶からトクトクとお酒を注いでいき、表面張力を破って少しこぼしてもらいます。手元が少しふらつくと大目にこぼれます。この「大目のこぼし」はうれして、「お目こぼし」とは「大目にこぼす」ということから来ているのではないか？？？などとまったく意味不明なことを思いついたりします。写真：立喰本舗　店の外には分厚い木の天板を打ちつけた四角いテーブルがいくつか置いてあって、露天で飲むこともできます。お店の１階の立ち飲みカウンターはやや狭いのですが、この狭さがまた何ともいえない居心地を創っています。カウンターと壁との狭い空間で挟まれながら飲んでいると、川柳作家：助川助六先生の「人一人　通れぬ路地で　愛される」という句を思い出しました。　おみせのスタッフがみんな愛想のいい若衆で、最近ここで「立ち飲み倶楽部」という同好会を立ち上げました。縁あってかかわっている日本酒研究会の有志の方にも紹介しましたが、なかなか好評でした。</description>
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<pubDate>Fri, 05 Jun 2009 10:39:27 +0900</pubDate>

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<title>第五十九夜　茶房「Ｖｏｉｃｅ（ヴォイス）」 ♪神戸の音文化♪</title>
<description>　 三宮センター街は神戸でもっとも賑わいのある商店街のひとつです。　1丁目と2丁目の間、生田筋と交差するところは通称「アートスクエア」と呼ばれています。交差点の四隅には彫刻が設置され、夜は水銀灯のスポットライトで照らし出されるという、街のアートスペースです。　2009年5月9日、アートスクエアから始まる2丁目ストリート美術館の新しい作品「ブルーニライ」の除幕式が行われました。沖縄の陶芸作家大嶺實清さんの作品で、沖縄伝統の守り神シーサーの顔を模したものがストリートに設置されました。釉薬の発色から沖縄の青い海がイメージされます。「ニライ」はニライカナイ（海の彼方にあるという楽土から神様を招き寄せる沖縄の祭り）から採られたようです。写真：「ブルーニライ」の除幕式　最初作品名を聞いたとき、楽土から神々を運んでくる青い波の具象かと思っていましたが、よく観るとシーサーの顔でした。　都の東西南北を守るのは青龍、白虎、朱雀、玄武（青、白、赤、黒）。作品の設置場所はちょうど2丁目商店街の東になりますから、方角の色（青）にも合っています。あいさつのなかでも、『ブルー（青）は東の色であり、2丁目の西側に白色の作品「・・カナイ」を設置すれば、東西の守護色とニライカナイの文字も揃うのでは』・・・といった、将来の夢にも言及されていました。写真：「ブルーニライ」　式典の後、お昼まで時間があったので、センター街2丁目のセンタープラザ西館2階にあるジャズ喫茶「Voice」に立ち寄りました。写真：「voice -ヴォイス」店内　静けさや　孤（こ）の身にしみる　ジャズの音　（詠み人知らず）　お店に入るとここが三宮センター街の一角なのかどうかわからないくらいの静けさがあります。ジャズの音だけがそっと横に来て一緒に座ってくれるような感じです。　ジャズドラマーでもあるお店の若マスター太（だい）さんとは「ジャスト・イン・タイム」で知り合いになりました。　良い音のあるところには、音が好きな人たちが自然と集まるようです。ヴォイスも静かに音を楽しむ人が集まるお店です。　スピーカーはアルテック６０４Ｂ。繊細で芯のある穏やかな音がお店の中に拡がっています。写真：「voice」の若マスター　太さんは『Kobe Modern Jazz Club』というグループを作り、中華会館などを会場にして、ジャズイベントを開催されています。神戸のジャズシーンがアマチュアジャズファンによって支えられている好例だと思います。　お店はセンター街２丁目、センタープラザ西館２階（プラモデルやフィギアなどを売っている通称「オタク通り」にある「イエローサブマリン」を少し西へいった所）の一角です。</description>
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<pubDate>Mon, 18 May 2009 11:45:56 +0900</pubDate>

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<title>第五十八夜　元町の手打そば処『卓』</title>
<description>　　上方落語が好きでよく聴いています。　大阪の大川で旦那衆の釣りに付きあっていた太鼓持ち（お座敷で場を盛り上げる専門役）の男がガイコツを釣りあげます。不憫なので供養したところ、川に身を投げた美しい女性の幽霊がお礼に現れ一晩楽しく過ごします。　これを知った隣に住む男が真似をして、中洲に半分埋もれた骨をもって帰って供養して待っていると、お礼に現れたのは京都三条川原で首を切られて処刑された大泥棒「石川五右衛門」だったという話しは、関西では『骨釣り』と言われ、関東では『野ざらし』というそうです。名前の付け方が関東は物語りを予感させるような粋さがあるのに比べると、関西は骨を釣ったという“そのまま”という感じです。　年末にその年の厄を払って回る『厄払い』という話しのなかで、厄払いをさせてもらうために家々を訪ねるときに唱える言葉でも、関東では「おん厄払いましょ、厄落とし・・」と粋な文句で唱えられるようですが、関西ではただ「厄払いまひょ」というだけです。なんの工夫もない“そのまま”ですが、なんとなく親近感を感じます。　「そばっつってったら黒そばですよ！！！　なんつったってそばは黒でないとソバとは言わねぇんです・・・・　関西の白そばってのはですね・・私に言わせりゃ・・邪道なんスよ・・エエ」　鼻息荒くこう言われたのは江戸っ子の敏腕記者です。　やはり関東の言葉というのはどこか歯切れがよくて粋な感じがします。そばをかっこよく食べるには江戸っ子らしく歯切れよくしゃべらないといけないのかもしれない・・・という気持ちにもなりかけました。　関西はうどんで関東はそばということをよく耳にしますが、そばに白と黒があることすら知りませんでした。そのそば好きの記者殿をお連れしたお店が元町のそば処「卓（たく）」さんです。　どんな反応が返ってくるのか楽しみでしたが、記者殿は無言で食べ続けられました・・・そして、お代わりをされました。一杯でも結構腹が膨れるのに、２杯を一気でした。　「うまいっ！」という感想が聞こえました。　食されたのは、とろろのかかった黒そばでした。写真：そば処「卓（たく）」の外観　お茶代わりに出てきたそば湯をすすりながら、そばの実が入ったモロミやそば湯で割った焼酎などを注文しましたが、どれもGOODでした。　このお店も元町のＭＲ酔っ払いの吉田先生に教えてもらったところです。　先生の行くお店はどこも個性的で、「安くてうまい」「居心地がよい」「室内空間がおしゃれ」など共通点があるように思います。　お店は元町商店街を西へ、元町通り4丁目の真ん中の路地を山側に少し上がったところです（以前に紹介したプチ・レストラン『猫熊矢』さんの少し北側）。　僕はオロシそばが気に入っています。そば好きの方でまだの方は是非一度試してください。</description>
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<pubDate>Fri, 01 May 2009 17:36:56 +0900</pubDate>

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<title>第五十七夜　「キロギ」</title>
<description>　3月末に韓国に行ってきました。　お花のお師匠さんが光州で開催されたフラワーエキスポで展覧会をされることになり、観光ついでにいくことになりました。　釜山→光州→ソウル→関西空港という順にめぐった3日間でしたが、最初から買いたいと思っていたものがあります。　韓国では夫婦和合の象徴に木彫りの水鳥の置物が使われるらしく、よく結婚式とかで新郎新婦に贈られるという雑誌記事をたまたま見かけたことが発端です。「キロギ」というらしく、たぶんオシドリ（「鴛鴦の誓い」という言葉が中国でもあったと思います。オシドリは一度つがいになると一生添い遂げるという言い伝えからではないかと思います）がモデルだと思います（雑誌には雁や鴨とよく書かれているようですが）。　昔は生きた鳥を動かないように帯で縛って式場に置いたようですが、時代がたつと木彫りの鳥を使うようになったようです。今では手造りのものは職人が少なくなってあまりないようです。韓国も日本も同じで職人の技をいかにして後世に伝承していくかは大きな課題だと思います。写真：韓国・ソウルでの“きりたんぽ風”昼食　韓国の有名な骨董街である仁寺洞（インサドン）をキロギを探して歩きました。一点張りで探すと目に付くもので、骨董を扱うお店で結構見つけました。最初のお店では大きな木彫りのものが１つ店の真ん中に置いてありました。見るからに年代もので数百年は経っているように思いましたが、案の定、値段もなかなかで、「250万ウオン」（日本円で約25万）という言葉に、「こらあかんわ」とお店を出ました。一緒に歩いてくれた人たちも、初めてみるキロギに「これがそれか」と不思議そうに見ていました。ところどころ虫食いがあり、首も少しぐらぐらしてましたから、その値段は理解不能という感じでした。僕もあまり魅力を感じなかったので（もちろん値段も無理ですが）そのお店は何事もなかったように出ました。写真：木彫りの水鳥の置物「キロギ」　　何軒かめぐった末にお手ごろの手作りキロギに出会いました。日本円で5千円程度でしたが、表情がよいので買いました。　さて今年幸せな出会いはあるでしょうか？</description>
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<pubDate>Thu, 16 Apr 2009 18:52:12 +0900</pubDate>

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<title>第五十六夜　ＢＡＲ「Heaven（ヘブン）」</title>
<description>～港町・ＢＡＲ・アート（９）～　震災前のことですが、三宮の朝日会館の地下に「神戸ハイボール」というバーがありました。朝日会館自体が雰囲気のある建物（外壁を保存して建替えられたので、今もその風情があります）でしたが、神戸ハイボールも感じの良いバーでした。社会人になってすぐの頃ときどき寄っていました。　記憶だけですが、入り口は西部劇に出てくる酒場を思わせるような小さな扉が左右に開くようになっていました。店内はカウンターと３～４名に手頃なテーブル席が二つほどだったと思います。長く居座るのではなく「仕事帰りにちょっとよって、一杯ひっかけていく」のが似合うようなバーでした。マスターはいつも白のバーテン服に蝶ネクタイをした小柄な方でした。ハイボールという飲み物を初めて覚えたのもこのバーでした。ハイボールを頼むと、ウィスキーをソーダ水で割って、マスターは最期に気合を入れるように小さく切ったレモンの皮をコップの上で絞って、香気を降らせてから出していました。レモンの香りを判別できるような味覚も嗅覚もありませんでしたが、腕をくるくる回してレモン皮を絞るポーズが様になっていて、今もそのシーンを覚えています。　うれしいことにハイボールを頼むと赤茶色の薄皮のついたピーナツとカレー味のジャガイモのスライスも付いていました。ハイボール一杯４００円くらいだったと思います。神戸ハイボールは１９５４年（昭和２９年）創業で１９９０年（平成２年）に朝日会館の建替えの頃に移転し、その後の消息は知らないままでした。写真：ＢＡＲ「Heaven（ヘブン）」店内　２００８年（平成２０年）秋。たまたま連れて行ってもらった元町のＢＡＲ「Heaven」。南京町西門から南へすぐのアミーゴスビル4階にあるＢＡＲですが、マスターの田中さんは、かつて朝日会館の地下にあったバー「神戸ハイボール」をこよなく愛した方ということが分かりました。「神戸ハイボールのカレー味のジャガイモスライスが懐かしいです」と言うと、「ピクルスでしょう。ここで作ってますよ」と言われ、久しぶりにお目にかかりました。写真：ハイボール・ピクルス・ピーナッツ　しかも田中マスターは僕がよく参照にした成田一徹さんの切り絵で構成された「酒場の絵本」の文章を書かれた方です。　「神戸ハイボール」のページには次のような言葉があります。　『ＡＰＲＩＬあたりで、踊るのはやめて、ＪＵＬＹあたりで、ジュークもやめて、　ＳＥＰＴＥＭＢＥＲあたりで、飲むのもやめちまって・・・・・。　ＮＯＶＥＭＢＥＲでは車も停めて・・・・。　そう、小さな古いホテルが灯台の向こうにあったろう。　「ＤＥＣＥＭＢＥＲ　ＩＮＮ」という名前の。　　　　　　　　　　　　　　　』写真：マスターのコレクション帳　酔いに心を預け、ペンを走らせたような謎めいたかっこよさを感じます。　マスターご自身の座右はフランスの詩人の言葉で「漂えども、沈まず」・・・とか。　なかなか深い言葉です。■閑話休題春を感じるものがいろいろとあります。人それぞれに自分の春の象徴を持っていると思います。僕のそれは「強く長くなってきた３月初めの日差し」「梅」「桃の花」「コブシ・木蓮」「黄砂」「花粉」・・などです。先ごろ元町でうろうろしていた帰り道南京町の西門を出たところで何気なしに見上げると、夜空一面に白い木蓮（実はコブシと木蓮の違いが分かりません）が咲いていました（３月１８日）。「お見事！」と思って写真に撮りました。写真：南京町の木蓮葉より花が先に咲くものは・・・桜、木蓮・コブシ、ぼけ、など・・春に多いのでしょうか？</description>
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<pubDate>Tue, 31 Mar 2009 10:32:12 +0900</pubDate>

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<title>第五十五夜　アカデミー・バー</title>
<description>～港町・ＢＡＲ・アート（8）～港町・神戸のバーを記録に残そうと出版された「酒場の絵本」は神戸出身の切り絵作家成田一徹さんの作品で構成されています。開くと「グッドバーに捧ぐ」という文字が目に入ります。それをめくると、まず「ＡＣＡＤＥＭＹ　ＢＡＲ（アカデミーバー）」が出てきます。1922年開業ですから、戦前、しかも大正時代です。その建物は、ツタが絡まり続けて、夏頃に来てみると緑の塊のようにも見えます。窓ガラスはなつかしいすりガラスで、建物は一見して年代物、というか、よくもまあ水害にも空襲にも震災にも負けずに残ったなと思うような風情です。絡まったツタのお陰で震災の揺れにも持ちこたえたのかもしれません。昼間初めて見た人にはこれがＢＡＲとは想像できないかもしれません。写真：(上)アカデミーバー 夏の姿　(下)アカデミーバー 冬の姿内部はまさにレトロそのもので、神戸で活躍した洋画家の大先生たちの絵が名刺代わりに壁に描かれています。今生きておられたら100歳以上の人ばかりです。マスターの杉本さんに伺うと、小磯良平、田村孝之介、竹中郁、小松益喜、伊藤継郎、小出卓二、津高和一・・・などなど。よくもまあこれだけの芸術家がそろったものだと思います。僕が気に入ったのは写真右下スミに藍色に包まれた人型の絵。これは津高和一さんのものと伺いました。この大物作家ですらこの中では若手になりますから、遠慮してスミに描かれたようです。（写真の絵が誰のものか分かる人はこの道？の達人です）写真：アカデミーバー壁画カウンターは分厚い桂材の一枚板で、時間と人が醸し出した光沢があります。そのカウンターの向こうでは、ハンチングを被った2代目マスターの杉本さんが、画家の先生方との思い出を懐かしむようなしぐさで座っておられます。建物自体が内も外も芸術作品のようです。写真：アカデミーバー店内アカデミーバーは三宮からフラワーロードを北へ、加納町３丁目の交差点の北東の角（歩道橋を降りたところ）に小ぢんまりと蹲っています。お店の入り口には『翰林院酒肆』（「カンリンインシュシ」と読むようです。辞書には「翰林院」はアカデミーの訳語とあります。「酒肆」は「酒店」を意味するようですので「アカデミーバー」の意になります）という看板が架かっています。</description>
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<pubDate>Mon, 23 Feb 2009 15:14:02 +0900</pubDate>

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<title>第五十四夜　コースターも積もればアートになる？</title>
<description>写真：10年ほど前に買ったコースター その1　写真の額に入っているのは雑貨屋さんで10年ほど前に買ったコースターです。多分外国のもの。お洒落に見えて、ジグソーパズルの額にでも入れたら面白い・・・と思い、厚紙に両面テープで貼り付けて作ったものです。家では廊下やトイレの壁などに架けていますが、ときどき目が合うと「なかなかセンスがいいではないか！」などと一人で悦に入っています。写真：10年ほど前に買ったコースター その2その後、ＢＡＲなどに行って気に入ったコースターがあるともらって来る、ということを続けてきたところ、結構そろいました。お店に入って座るとコースターが置かれますが、持っていないコースターなら横に退けておいて、冷えたビールのコップなどはテーブルに直接置いてもらうことでコースターがふやけないようにして、もらって帰ります。お店の人に自分が神戸のお店のコースターを集めていて、額装して飾る予定だと言うと、快く「どうぞ」といってもらえることが多いです。特にマスターとしゃべれるようなお店は新品のものを数枚差し出してもらえることがよくあり、ちょっとうれしい気分になったりします。写真：コースター コレクション直径１０ｃｍくらいの円が表現空間ですから、伝えたいイメージを抽象化、簡略化して表現する必要があります。コースターにもそれぞれのお店の特色が出ていて面白いと思いますし、神戸らしさが凝縮されたデザインの宝庫であるとも思います。飲みすぎて昨晩のことをよく覚えていないときがありますが、なぜかポケットにコースターが入っていて・・・「ああここに行っていたのか」と記憶を取り戻すきっかけになってくれることもあり、僕にとってはなかなか気の利く存在です。そろそろ神戸のＢＡＲシリーズを額装したものをつくろうと思っています。</description>
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<pubDate>Thu, 12 Feb 2009 13:32:14 +0900</pubDate>

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<title>第五十三夜　僕らはロックで大人になった</title>
<description>　新年１月５日からＮＨＫ（ＢＳ）で「僕らはロックで大人になった」というブリテッシュロックの特集番組が７日連続で放映されていました。ロックンロールは１９５０年代から出てきていたと思いますが、番組ではロックンロールとロックは区別されていて、１９６５年をロック元年として構成されていました。　ブリテッシュロックの形成に大きな影響を与えたのが、人種差別からくる抑圧された感情ややるせなさを背景にもったアメリカのブルース（ジョン・リー・フッカーなど）で、それがイギリスの労働者階級の若者にあったやり場のない感情に共鳴していったようです（プレスリーなども大きな影響を及ぼしたと思いますが・・・）。イギリスでは大学に進学する若者は１割程度で、残りのほとんどが労働者階級としての人生を歩むというような時代です。うまく説明できませんが、単なるビートの効いたテンポのいい歌ではなく、社会の不満や抑圧された感情のはけ口を求めるような音楽・・・現状を打ち破っていくエネルギーを持っている音楽を、番組ではロックと位置づけていたように思います。インタビューを受けていたＴＨＥ☆ＷＨＯのロジャー・ダルトリーは『あなたの夢は？という問いかけに、自分をうまく表現できず「うるせえ！」「知るか！」といった反応しかできない若者達の思いを表現しようとした』と語っていました。だから愛と平和をテーマにしたビートルズやハーマンズ・ハーミッツなどは番組に取り上げられず、ＴＨＥ☆ＷＨＯ、ローリングストーンズ、ピンク・フロイド、デビット・ボーイ、ヤードバーズ、クリーム、ブラックサバス、ディープ・パープルなどが初期のロック、アートロック、ヘビーメタルなどとして紹介されていました。１９６０年頃までの音楽市場はほとんどがアメリカ発だったのに対して、ブリティシュロックは音楽輸出国アメリカを逆に席巻することになり、イギリスにとっては音楽ビジネスの大きなうねりとなっていったようです。そしてロックとビジネス、両者は接近と反発を繰り返しながらも、既成のものに挑戦していくというロックの精神は今日に受け継がれているというように編集されていました。写真：懐かしいＬＰアルバム1なぜか1年ほど前から10代の頃のロックが気になっていて、ＴＨＥ☆ＷＨＯを聴いて懐かしさが一気に戻り、今ではＬＰレコードにはまり込んでいる（ロック、Ｒ＆Ｂ、ジャズ、ポップスなど幅広く聴いていますが）ところに、今回の番組が放送されました。それぞれの音楽の聴き方があるので、僕にとってはビートルズなども貴重な自分自身の存在した証しであることに変りないのですが、ひとつの捉え方として興味深く観させてもらいました。写真：懐かしいＬＰアルバム2ＷＨＯの若々しいロックを聴いていると「もう一度気持ちを新しく持っていろいろなことに関われ」と見えない何かが嗜めてくれているようにも感じます。たぶん偶然なのでしょうが、貴重な出会いになったと思います。　写真：懐かしいＬＰアルバム3</description>
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<pubDate>Mon, 26 Jan 2009 11:39:18 +0900</pubDate>

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<title>第五十二夜　懐かしい（ＬＰレコード）</title>
<description>ＬＰレコードのジャケットデザインと音と雰囲気にはまっています。ことの起こりは「偶然」の「出会い」元町高架下で古着などのお店を巡っていたときに、たまたま入った中古ＣＤ屋さんの一角で「ディープ・パープル」の名アルバム「イン　ロック」と目が合い、買ってしまいました。最初は「懐かしい」という感覚でしたが、次第にＬＰジャケットがデザイン的にかっこいい、聴くのではなく壁に一杯貼ったらなかなかいい感じになるのではないか、と思うようになりました。それからというもの、レコードプレーヤーも持ってないのに中古ＣＤ屋さんを見つけては何かないかと探しまくることが休日の日課になりました。三宮～元町界隈でだいたい１０軒くらいは探し出しました。現在は三宮の「リズム・ボックス（数軒ありますがセンター街１丁目の南側の通りの半地下のお店）」と元町・穴門筋の「ハックル・ベリー」によく立ち寄ります。特にＪＲ元町南の穴門筋にはいろいろな中古ＣＤ屋があって半日楽しめます。サンパル３階の大きな古本屋さんも１枚１０５円からで安いので時間があるときはゴソゴソやっています（並んでいる順番がランダムなのが難ですが）。　主に探しているのは１９６０年代のブリテッシュ・ビート（リバプールサウンドとかマージービートとかも言われますが、リバプール以外のバンドも多く、ビートルズ中心のリバプールサウンド、リバプールにあるマージー川の名前をとったマージービートなどは日本独特の呼び方のようです。なんともそそられる名前ではありますが・・・）。　２００８年秋に来日した「ザ・フー」や「スモール・フェイセス」などのモッズ系、ロックではビートルズ以外に「ハーマンズ・ハーミッツ」「サーチャーズ」「ホリーズ」「ジェリー＆ペースメーカーズ」、ハードロックでは「ディープ・パープル」などが気に入っています。写真：懐かしいＬＰアルバム 　ある程度揃ってくるとやはり聴いてみたくなるのが人情というもの・・とうとうレコードプレーヤーを買ってしまいました。どの機種を選んでよいのかわからなかったので・・・「音」となればこの人・・・「ジャスト・イン・タイム」の磯田マスターにお願いして三宮のジョーシン電機まで一緒に行ってもらって、しかも組み立ても針圧の設定までもやってもらいました。よくわかりませんが、プレーヤーのテーブルを回すモーターの振動をいかにして減殺するかが重要なことのようです。　恐る恐る針をおろすと・・・パチパチという懐かしい音が聴こえてきました。情報量などはＣＤの方がずっと多いのでしょうが、音全体にまとまりがあるというか、やさしい音色だと感じます。この曲は飛ばして次の曲に・・・と思ってもレコード針をあげて曲のつなぎ部分にもっていかないとできません。近くが良く見えない年齢なので、結局そのままの流れで聴いていますが、物語を順番にひも解く感覚もあって、逆に新鮮に感じたりします。「良い機械は手間をかけるほどよく応えてくれるものです。プレーヤーも手間がかかるけど、ＣＤでは味わえない魅力があります」磯田マスターの言葉も新鮮でした。今後はデジタルでいかにアナログの味を出すかといった商品が、もっと一般的に出てくるかもしれない・・・と思ったりします。</description>
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<pubDate>Tue, 06 Jan 2009 16:14:11 +0900</pubDate>

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<title>第五十一夜　現代アート？？？</title>
<description>現代アート・・・この言葉は僕にとっては「よくわからん」「これがアート？」といった言葉とほぼ同じです。日本画も洋画もそれが出てきた「始」の頃は最先端、最前衛だったのであり、その当時の現代アートだったことを考えると、現代アートも現代のアートというだけで、時間がたてば力のあるものだけが伝承されて残っていくわけです。残っていくものと残らないものがいっぱい混在するからよけいに何がなにやらわからないのだと思います。しかもパフォーマンスやインスタレーション（仮設造形）のように、一定の期間（場合によっては瞬間）が終われば無くなって（現状にもどって）しまうものまでアートといわれますから、僕のような普通の感覚の者にはさらによくわからないものになっています。などと考えながら窓外の景色を見ていると、ビルの壁面に移った街の景色が鏡合わせのように無限に続いている（錯覚？）場面に出会いました。１００年前では絶対に現れなかった幻風景です。都市が創った現代アートといっていいかもしれません。同じ日の朝と昼の表情ですが、結構違うものです。写真：とあるビル、朝の顔写真：とあるビル、昼の顔</description>
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<pubDate>Thu, 25 Dec 2008 15:27:45 +0900</pubDate>

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<title>第五十夜　神戸の音文化（その１）</title>
<description>日本でトップのジャズ喫茶といったら多くの人が岩手県一関市の「ベイシー」をあげられると思います。観光地図にも表示されているようですから、相当多くの人が訪ねるのだと思います。日本でトップかどうかよりも自分が一番心地よく居られるお店が一番いいわけですが、この「ベイシー」は半端ではないようで、ジャズフアンやオーディオフアンには一目置かれているようです。「東京からここ（岩手）まで人を呼んでみせる」という思いでマスターは始められたと随分と昔に人づてに聞いたことがあります。行ったことはありませんが、また行ったとしても僕の耳ではそこまで理解できるとも思いませんが、とにかくなかなか極めたお店には違いないと思います。　神戸にも「音」を極めたようなお店があります。（個人的には20年ほど前に阪急三ノ宮駅の山側にあった、「バンビ」というレコード喫茶がわけあって懐かしいのですが、今はもうありません）写真：「ジャスト・イン・タイム」　ブロンズのミュージシャン♪ジャズ喫茶「ジャスト・イン・タイム」　１９５８年頃から１９８０年代にかけて手作り生産されていた名スピーカー「ＪＢＬパラゴン」がうなりをあげて迫ってきます（ちなみにこのスピーカーの最後の職人は日系の方・・・日本人ともききました・・のようです）。お店のコンセプトとして、雰囲気・コーヒーの味・音など全ての要素を８０パーセント以上にしたいという磯田マスターのこだわりの空間です。「このパラゴンの能力の８０％は引き出せていると思う」・・・マスターの静かな自信が分厚いベース音とともに硬い床を伝わってきます。コーヒー、ココアがお勧めです。最近「紅茶は入れ方が難しいけど、ようやくわかった！」というマスターの独り言をききました。お試しください。お店の調度類もお洒落で、ちょっとしたものがいい雰囲気を醸しています。写真：ＪＢＬパラゴン写真：棚に置かれたジャズの人形ジャスト・イン・タイムは音の宝庫ですが、同時に人の宝庫でもあります。ここで出会った多くの人たちに神戸らしいお店やエピソードをいろいろと教えてもらいました。このブログの多くはここ発のものも多くあります。色々なお店を見ていて思うのは、マスターとお客の会話や関わりのなかからお店の雰囲気なりが形成されていくということです。それは街の雰囲気やイメージが色々な人が集まり刺激しあうなかから形成されていくことに似ているように思います。人の求心力のある磁場のような場所が一杯ある街には豊かな文化が創られていくということを感じます。写真：西村功さんの版画なお、ジャスト・イン・タイムは凛としたジャズのお店です。この神聖なジャズの場所を先日ハードロックで汚してしまいました。元町高架下の中古レコード屋でハードロックの王者「ＤＥＥＰ　ＰＵＲＰＬＥ」のレコード「イン・ザ・ロック」を見つけて買ってしまいました。ジャスト・イン・タイムにふらっと立ち寄ったところ、お客はロックからジャズまで柔軟に聞ける人たちばかりが二人、そしてマスター・・・みんな知り合いです・・・「チャンス！！！」・・・と哀願した上目遣いでマスターを見ると何故か「かけてみよか？」「そんな・・聖地を汚すなんて・・・いいんですか・・」と雰囲気は傾いて行きまして、ジャズの静かな聖域は一転してガンガンのロックの鳴り響く空間になりました。30年以上も前のロックですが、改めてディープ・パープルは凄いと思いました！！！マスターありがとうございました！！！　お店は元町通３丁目１３－１（元町商店街を西へ、海文堂書店の角を山側へすぐ）　ＵＲＬ http://www.sound.jp/justintime　・・・５０回目を迎えて　このブログを書き初めて１年と半年くらいが過ぎました。正直なところこのマイナーネタでよく続いたと思います（勝手に書いてきただけなのですが・・）。　『神戸千話一夜物語』というタイトルはアラビアンナイトの『千夜一夜物語』から借用しています。最初は変化をつけず『神戸千夜一夜物語』にする予定でしたが、「元町のMR酔っ払い」として再々登場する吉田先生に相談したところ、「もう一ひねりした方がおもしろいぞ」と言われて、少し考え、多くの人に聞いた色々な話し、エピソードを神戸らしいお店の紹介と絡めていますので「千夜」ではなく『千話』、これを一回完結型で一夜（いちや）語りすることと、物語はやはり人の世の出来事なので、読み方を「一夜（いちや）」ではなく「一夜≒人世（ひとよ）」として『神戸千話一夜物語』（こうべせんわひとよものがたり）としました。　紹介しているエピソードには聞き伝えも多くて、実際がどうだったかわからないものもあるのですが、あえて勘違いは勘違いのまま、半分は物語でいこうということにしました。その意味でこのブログの中身は「現実」や「事実」ではなく「幻」と「実」・・・「幻実」です。続けていくなかで貴重なメッセージを寄せていただいたこともあり素直に喜んでいます。先日などはこのブログを見てお店に来ましたという22歳の社会人1年生の人と偶然出会いました。色々なアンテナをもつと、人も歩けば人に当たる（？）という偶然が縁を結んでくれるという実感がしています。いい経験をさせていただいたKO-COさんに感謝します。ありがとうございました</description>
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<pubDate>Tue, 28 Oct 2008 09:39:33 +0900</pubDate>

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